2017年05月29日 (月) 08:03 | このエントリーを含むはてなブックマーク はてなブックマーク - スマホ使う | | | Edit |
今、地下鉄に乗って通勤中である。
目の前に立っている女性の後頭部を眺めながら少し悩んでいる。

「カーディガン、表裏逆ですよ」と声を掛けたものかどうか。

しかし、通勤ラッシュ中の車内で、いきなりそんな声を掛けられても、その女性及び周囲の人からびっくりされるだけで、その女性はどんな人間から声を掛けられたのか振り返ってみる事も出来ない、もちろんカーディガンを着直す事も出来やしない。次、もしくは目的の駅に着くまでの間に味わうだろう居心地は、その女性にとっても私にとっても、居心地が悪いとかいうレベルではなく恐怖に震えるくらいのものになるだろう。
少し考えて、このまま(たまたま)同じ駅で降りて、(たまたま)エスカレーターでこの女性が自分の前に立ったならば、ちょっと声を掛けてみる事は可能かもしれない、というのが唯一思いついた可能性であった。

その結論に辿り着いて、暇になってしまった私はとりあえず最近使い始めたスマホを手にとってみた。しかし、スマホで何をしよう?
この記事の最初の3行をSNSでつぶやいてみる?というのが最初に頭に思いうかんだ案だ。まぁ、ありがちな投稿ではあるけれど、しかし品が無い。写メ付きで「表裏逆の人がいるwww」なんて投稿しようものなら最悪だ。そういう馬鹿もいる。
ちなみに周囲の他の乗客は何をしているのだろうと見てみると、ただ立っている(座っている)人と、スマホをいじっている人が半々くらい。そしてスマホをいじっている人のほとんどは何かパズルゲームのようなものをやっていて、一部は(カーディガンが裏表逆の女性も)LINE(らしきもの)をしている。東京都内の通勤ラッシュ時でない限り(スマホをいじる事も出来ない混雑)、この数年、電車内で見かける人々の光景はだいたいこんなものだ。ただその光景は、見ていてあまり気分が良くない。

なんで気分が良くないかというと、まぁ、あまり深く考えた事は無いが、たぶん、あまりにも大勢があまりにも無駄に時間を潰している(潰させられている)事を不快に感じているんだろうと思う。
なにも通勤時間を、読書をしたり日経電子版を読んだりして有意義に(意識高く)過ごすべき、だなんて事は思っていない。それなら、スマホゲームアプリは、ぼんやり無意味に過ごすよりも楽しいし良いじゃないか、気分転換やストレス解消になるだけ有意義だよ、という意見もあるだろう。しかし、私にはそうは思えないのである。これは理論や実験結果に基づくものではなく、あくまで私個人の本能的な直感のようなものでしかないのだが、スマホゲームアプリはただ脳を疲れさせているだけで、ほとんどの場合、気分転換やストレス解消にもなっていないように思えるのである。むしろ、一見無意味に思える、ぼんやり(考え事をして)過ごす時間の方が、脳や気分を落ち着かせてストレスも解消に向かわせる働きがずっと強い、実は有意義な時間ではないかと思っている。だから私は、スマホゲームアプリは、今の「ストレス社会」というものを生み出している一因ではないかとまで考えている。
まぁ、LINEだって似たようなものだ。あんなに無意味なほど頻繁に他人と連絡を取る必要など無い。
こういうのを作った人間は何がしたかったのか?自分の懐を潤したかっただけか?まぁ、どんな道具も、どう使うかは使う人次第なのであり、作った人を非難するのはお門違いか。

ちなみに、私はスマホを使い始めたばかりである。
ずっと私用と仕事用のガラケー2台持ちであったが、1年ほど前から仕事用のガラケーはスマホに替えさせられた。それでもしばらくアプリも何にもいれずただのでかいガラケーとして使っていたが、最近になってネットも使えるようにし、アプリもいくつか入れたので、ようやくこれがスマホと呼べるものになった。尚、ただのでかいガラケーとして使う場合、スマホの電池は超長持ちする。たまに電話やメールをするくらいなら、一週間充電しなくても、電池残が50%を切りはしない(数年前の機種でも)。スマホらしく設定してしまった今は、節電アプリも入れているが、毎日充電しなくてはいけなくなってしまった。使っていない間、いったいこいつは勝手に何をしているんだろう。
ゲームアプリは、入れてはいけない、入れたら多分ハマると感じているので、入れていない。LINEは、使い方を一応知っておきたかったので入れた。しかし相手が一人もおらず、設定してから数ヶ月が経つがまだ一度も使ったことが無い・・・。嫁には「夫婦間でLINE使うのいやだ」と断られた。だからもう諦めた。
そんな私にとってスマホとは、電話とメールと多少のインターネット閲覧機能付きのデジカメ、といった感覚である。

娘(2歳になりたて)は、嫁のスマホを隙を見て手に入れては、毎日、自撮りやら人(主に嫁)やらオモチャやら何か気になったらしいものの写真をパシャパシャと撮りまくっている。随分器用なものだ。生まれたときには既にスマホが普及している世代が、(娘もスマホも)今後どう育っていくのか想像もつかない。
自分の娘にはあまり早くにスマホ(その頃には次世代の何か別な物かもしれないが)を買い与える気は無いが、何にしてもせめてスマホにもっと有益な使い方が流行って欲しいものだと思う。


と、こんな文章をとりあえずスマホで打ってみたが・・・

「もっと有益な・・・」とか語りながら真面目なようで中身スカスカのこんなものをネットにアップするようでは、言ってることとやってる事が違う事になるのではと、アップ前に少し躊躇している。
ええい、ままよ。

どうせ、ぼんやり考え事する方が脳が休まっていいはずなんて言いながら、電車内で立ちながら上記以外で私が考えた事といえば、女性のカーディガンのタグを眺めながら「サイズ2って、いわゆるSサイズにあたるんだっけ?Mだっけ?サイズ9とか、40とかいう表記もあったよな。あれってそれぞれ何の数字なんだろう・・・」と、ぼんやり考えていただけである。特にネットサーフィンして確認するでもなく、考えて答えが分かるものでもなく、無意味なことは間違いない。
それを「意外と無意味なことじゃないかも」とブログに書いてみるのと、今ここで急に「カーディガン、表裏逆ですよ」と一声発するのとどっちがマシかと考えると、まぁ、こっちだ。

なんだこの全然理論的でも何でもない文章。
数年後にこの記事を読み返したら、恥ずかしくて消したくなるんだろうな。



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