2015年11月05日 (木) 02:17 | このエントリーを含むはてなブックマーク はてなブックマーク - 映画『セッション』 Whiplash ネタバレでお節介な解説 | | | Edit |
このブログの中では人気が高い、映画のお節介な解説シリーズ。
今回は『セッション』

この映画はあえて様々な解釈や考察がなされるように作られています。
私もふと疑問に感じた事を調べようとネットで検索かけてみたところ・・・、出るわ出るわ、色々な論点で山ほどの熱い議論が。そこで、この「お節介な解説」では、その時に自分が調べて分かった事と良く見かけた論点について、なるべく簡潔に整理して書き残しておきます。
既にDVDレンタルも始まって一月以上経っており、今更な記事ではありますが、どなたかの一助になれば。

【ストーリー概要】等の下から、完全ネタバレの長文です。
その最初に【目次】を付けておくので、気になった点の項目だけ見て頂ければ良いかと思います。


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【ストーリー概要】
偉大な音楽家になるという野心を胸に名門音楽大学に入学したニーマン(マイルズ・テラー)は、ある日、有名教師フレッチャー(J・K・シモンズ)のバンドにスカウトされる。成功への期待を膨らませ喜ぶニーマンだったが、待ち受けていたのは、天才を生み出すことに取りつかれたフレッチャーの狂気のレッスンだった。



この映画の宣伝文句
「ラスト9分19秒の衝撃」
「<完璧>を求めるレッスン。二人のセッションは誰も見たことがないクライマックスへ――。」
「アカデミー賞が飛び付いた才能と狂気」


チャゼル監督インタビューより
「答えが何であるかというより、いろんなことを考えるきっかけになってくれればいいと思って作った映画なんだ。いずれにしても、諦めないってことは大切だと思うよ」
「勝利を感じるんだけど、どこか悲劇的。そんな“ジレンマ”が観客の心に残るようなエンディングを目指したよ」

映画『セッション』チャゼル監督インタビュー : ガジェット通信
http://getnews.jp/archives/910794


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~~~以下、完全にネタバレ~~~


大まかにストーリーの流れ順に論点を並べています。


【目次】
1.ニーマンの性格・能力について
2.教室を追い出されたホーン奏者の学生(マンガ君)について、彼はどう答えれば正解だったのか?
3.「C.パーカーがシンバルをアタマに投げつけられた事件」の作中の設定と、実話との違い
4.なぜフレッチャーは元生徒(ショーン)の死因を自殺ではなく交通事故と偽ったのか?
5.ウィントン・マルサリス(リンカーン・センター)のバンドのトランペッターになった、とは
6.楽譜を隠したのは誰か?
7.ニーマンの顔の傷跡の件
8.自主退学したの?それとも退学させられたの?
9.ニーマンは密告をしたのか?
10.フレッチャーによる最後の仕打ちは、ただの復讐か?ニーマンへの教育の一環か?
11.父親から見たニーマン
12.ラスト、フレッチャーは笑みを浮かべながら何と言っていたのか?(あれはハッピーエンド?)
13.原題『Whiplash』の意味
14.邦題『セッション』について
15.感想・批評について




●1.ニーマンの性格・能力について

ニーマンは、全米を代表するシェイファー音楽院に入学している、という設定です。この学校はジュリアード音楽院をモデルとしていると思われ、アメリカ・ニューヨーク市にあるおそらく世界で最も有名な音楽・演劇・舞踊学校です。
そこに入学している時点でニーマンにはそれなりに才能がある事が分かりますが、それでも初等教室の第二奏者に甘んじている状況です。
そこから、後のバーでの語り合いの際にフレッチャーが「私が何を要求しているか知らされていたから、おまえは第一奏者を出し抜くことが出来た」と言っていた通りの出来事を経て、ニーマンはフレッチャーのバンドメンバーとして抜擢される事に成功します。

なぜフレッチャーはニーマンにチャンスを与えたのでしょうか?

もちろん演奏にも才能を感じ取ったのでしょうが、夜まで教室で一人で練習に没頭していた姿が気に入られたようです。
フレッチャーは、すべてを捨てても音楽にのめり込む狂気をもってその先の芸術へ到達する天才、そんな才能を探しています。
確かにニーマンにはその素養がありました。

ニーマンは根強い劣等感を抱える一方、その反発の為か「いかなる犠牲を払っても偉大な者として名を残すこと」に強く憧れている、非常に傲慢かつ孤独な男です。人からどう思われるかを気にかけず、人を出し抜けば喜びを露わにし、人の想いを平気で踏みにじり、音楽すら出世の道具としか見ていません。最初から普通の人間じゃない。
しかし、と言うかそれ故にというか、フレッチャーのバンドに参加する前のニーマンは、音楽にそこまでのめり込もうとはしていません。冒頭、教室で彼女とキスしてる学生や、女の話で盛り上がっている学生達を蔑んだ目で見つつも、実のところ羨ましい。その時のニーマンに足りなかったものは、おそらく自信でした。
だから、フレッチャーのバンドに抜擢されてわずかながら自信を得た彼は、まず、気になっていた女の子(ニコル)をデートに誘います。
そのくせ彼女が目的も無く大学に通っている事を知ると、理解できない&軽蔑の眼差しを向けます。

えーと、余談ですが、そんな目を向けられながらもニコルが彼と付き合うことにしたのは、少し驚きでした。その理由は童貞野郎の私には分かりかねますが、田舎から出てきて寂しくなってきたところで、人生で初めて男から声をかけられて、しかもそれが有名音楽大学の学生だし、ちょっと舞い上がっていたのでしょう。

もう一つ余談ですが、映画館でニーマンがレーズンを避けてポップコーンだけを食べる描写も、彼の性格を補足しています。

その後、フレッチャーの指導のもと猛練習を積むにつれて、ニーマンは自信を深め、その方向に進めば良いのだという信念を強めると共に傲慢さを露わにしていきました。
あっさりと練習の邪魔だとニコルを捨て、軽視と無理解を向けてくる親戚に対しては募らせていた怒りをぶちまけ、やがてフレッチャーに対しても「自分の方が(新メンバーよりも)上手い!」と食って掛かるまでになります。
この時、食って掛かられたフレッチャーがびっくりしていたのを見る限り、これこそフレッチャーが探し求めていた素質の一端であるにも関わらず、彼がその持ち主に出会ったのは初めてだったか、もしくはニーマンがその素質の持ち主だとまでは考えていなかったか、のようです。

この映画の主人公ニーマンは、特別な才能を持った特別な人間でした。


その是非、天才とは何か、才能とは何か、など、この映画は様々な問いを投げかけます。


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●2.教室を追い出されたホーン奏者の学生(マンガ君)について、彼はどう答えれば正解だったのか?

おそらく、自分の音程は合っている、と自信をもって言い切っていればその場は切り抜けられたと思います。
しかし、先ほども書いたように、フレッチャーが求めているのは、何があっても諦めず、すべてを捨てても音楽にのめり込むほどの狂気と才能を持った人材です。察するに、彼(マンガ君)はそれまでのレッスンにおいて、フレッチャーから求める人材ではないと見切られていたのです。あの場を切り抜けたとしても、その後も苛烈な攻撃が続いたことでしょう。
まぁ、それは他の学生も同じですけど・・・

ニーマンだって何度も切り捨てられそうになっていました。

ちなみに、ニーマンにとって初めてのレッスンだったこの日、朝6時に呼び出されて(遅刻して)一人で待ちぼうけを食わされていましたが、朝6時ジャストに来ていればフレッチャーが教室にいたのかどうかは明確には分かりません。ただ、フレッチャーのニーマンに対する罵声の中に「遅刻野郎」といったような言葉が一度も出なかったことから、おそらく、ただの(歪んだ)教育の一環としての嫌がらせ(精神的揺さぶり)で、遅刻せずに来ていたとしても誰もいなかった可能性が高そうです。


このマンガ君追い出しの件以降は、フレッチャーがニーマン以外への学生へ追い込みをかけている描写が出てきません。
ですが、ニーマンだけをいじめていたわけではないのでしょう。
振り返ってみると、この映画は全てのシーンにニーマンが登場し、完全にニーマン視点で話が進みます。
最初のマンガ君事件はニーマンにとって衝撃的だったから描かれたものの、その後はもうニーマンは自分のことだけで頭がいっぱい(ある意味彼にとっては平常運転)の状態だった為に他の生徒が受けている仕打ちの描写は無くなった(ニーマンの意識外になった)という事かと思います。


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●3.「C.パーカーがシンバルをアタマに投げつけられた事件」の作中の設定と、実話との違い

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「なぜ椅子を投げたと思う?」

「シンバルがないからですか?」



こんな回答をすればニーマンはぶん殴られていたと思いますが(「ファッキンテンポ!」)、それはさておき、このシーン等で何度か作中に出てくる「チャーリー・パーカーがシンバルをアタマに投げつけられた事件」の逸話は実話とは異なっています。
しかしこれはフレッチャーがよりによってニューヨークの有名音楽学校でそんな嘘を教えるアホだという事ではなく、この映画世界ではそういう設定になっているというだけです。
チャーリー・パーカーは伝説のジャズ・アルトサックス奏者。愛称「バード」。

作中のフレッチャーが語る逸話
『チャーリー・パーカーは若いころ演奏をミスして、ドラムのジョー・ジョーンズからシンバルをアタマに投げつけられた。その事件があったからこそ、パーカーは奮起して猛練習し、やがて伝説的存在になることが出来た』

実話(※「ザ・ニューヨーカー」の記事からの孫引きの転載)
『当時16歳のチャーリー・パーカーはジャムセッションでの演奏中に舞い上がってしまい、ソロの最中に二小節先へ行ってしまった。ドラムのジョーンズは、シンバルを鳴らして知らせようとする。カ~ン、カ~ン、でもパーカーはやめられない。そのうち客も「そいつをやめさせろ!」と騒ぎ出す。ジョーンズはとうとうシンバルをはずして「カ~ン」といいながら床に落とした。ガシャ~ン!パーカーはびっくりして飛び上がり、演奏は止まった。メンバーも客も全員が、笑ったり叫んだりの大騒ぎ。この屈辱を受けたパーカーは旅に出て、山にこもり猛特訓。1~2年後、彼は自分のプレイスタイルを確立し・・・』
ちなみに、この出来事に居合わせたベース奏者のジーン・ラムリーのインタビューによると、「その演奏はずれていたけど小節数は正しく吹いていたし、ノリもばっちりだった」らしい。

映画でも語られているように、チャーリー・パーカーは麻薬とアルコールに溺れ34歳で亡くなります。天才とは・・・と考えさせられます。


この他、この映画中には映画的な嘘(演出)が、最後の展開のきっかけとなるビッグバンドの設定など様々な、主に音楽に直接関わるような点で見受けられます。
この映画では、音楽・ジャズそのものは主題とされておらず、あくまである物語を語る為の舞台・道具として(都合の良い形に改変されて)使われただけである事が伺えます。
音楽、特にジャズに思い入れが深い人にとっては、あまり愉快な映画ではないでしょう。





●4.なぜフレッチャーは元生徒(ショーン)の死因を自殺ではなく交通事故と偽ったのか?

さて、こちらではフレッチャーは嘘をついていました。

現役の生徒たち(ニーマン含む)は、その先輩の一人であるショーンとは一面識も無く、彼の存在も彼が死んだことも知りません。その彼らに対し、フレッチャーはショーンの死因を偽って伝えるどころか、亡くなった事を知らせる必要すらありませんでした。
保身のため?いえいえ、保身を考えるような男なら、そもそもこんな指導法をしていません。
ある卒業生の死をわざわざ伝えたのは、生徒たちの前で「いい演者だった」と称えCDを流し涙を流すことが、生徒たちへの教育に非常に効果的だったからです。
効果とは、簡単に言えば、アメとムチです。

フレッチャーは普段、生徒たちを圧倒的な頻度でひどく理不尽な目に追い込んでいるので、当然、生徒たちはそんな教師について行って良いのか疑問を抱きます。
しかし元生徒が音楽的成功を歩んでいたことを知らせることで自分について来ればそういう将来の可能性が開けることを示すことができ、その彼を称えCDを流し涙を流すことで、自分が生徒のことを在学中も卒業後も大事に思っていることを示すことができ、普段の厳しい指導はあくまで生徒の(才能を育てる)為に行っていることで、それは実際に効果をあげている、決して無意味な暴挙なんかではないと生徒たちに思い込ませることが出来るのです。生徒たちは無意識にその希望にすがるようになり、多少の理不尽な指導にも良い解釈を働かせながら従順に従うようになります。
もしかすると本当に少しは悲しかったのかもしれませんが、フレッチャーはこの出来事を無駄にせず、実に巧妙で効果的な演出に利用しました。死因を自殺ではなく他の適当なもの(交通事故)としたのは、その演出の一環です。
フレッチャーの暴力的な指導が長年にわたり外部に漏れず問題化もしなかった事から、彼がずっと以前からこのような教育を行ってきた事が伺えます。
DVを繰り返すけどたまに優しくしてくれる夫についていってしまう妻、なんていうのもこの手法の一例と言えるかもしれません。

本当に、フレッチャーは狂った男。サイコパス、モラルハラスメントの象徴、と色々に呼べますが、でも実際にこういう人って世の中に(身近な学校にも職場にも)少なからずいるんですよね。
有能な経営者の多くはサイコパスである、という説を唱える人もいます。





●5.ウィントン・マルサリス(リンカーン・センター)のバンドのトランペッターになった、とは

前述の不幸があった教え子の話で、ウィントン・マルサリスのバンドのトランペッターになった、と日本語字幕で表示されます。(劇場版では。DVDでも同じかどうかは存じません)
実際の英語のセリフでは、「When he graduated made him the third trumpet in Lincoln Center. 」と言っています。
リンカーン・センターの第三トランペット奏者になった、と言っており、マルサリスという単語(名前)は出てこないのでおや?と思ったので、

調べたところ、まず、リンカーン・センター(Lincoln Center for the Performing Arts)とは、ニューヨークにある総合芸術施設で、劇場や、コンサートホール、芸術学校、図書館などを擁します。この映画に登場する学校のモデルであるジュリアード音楽院も、その施設の中の一つです。
そのリンカーン・センターのジャズ部門が、ジャズ・アット・リンカーン・センター。
そこの常設オーケストラが、「ジャズ・アット・リンカーン・センター・オーケストラ」(The Jazz at Lincoln Center Orchestra with Wynton Marsalis, JLCO)であり、音楽監督兼トランペット奏者のウィントン・マルサリス氏が率いています。ちなみに、16人編成で、うちトランペットは4人。
その世界では大変有名なようですから、その第三奏者になるというのは凄い事なのでしょう。それでもフレッチャーは満足していませんでしたが・・・。

ということで、日本語字幕は意訳でした。


ジャズ・アット・リンカーン・センター HP
http://www.jazz.org/






●6.楽譜を隠したのは誰か?

本命: フレッチャー
対抗: ニーマン
大穴: 掃除の人

ニーマンが主奏者タナーから預かった楽譜が無くなってしまいます。
この犯人も明確に描かれないのですが、やはりぶっちぎりの大本命はフレッチャーでしょう。

フレッチャーは「楽譜の管理は自分の責任、預けるのが悪い」とタナーを責め、ニーマンを弁護し、ニーマンを以降の主奏者に抜擢します。また、後のバーでの会話でもこの件に触れて、ニーマンが自力だけでのし上がれたわけではない(自分が手助けした)事を暗にほのめかします。
しかしニーマンの為だけにやったというわけではなさそうです。
別に、その機会をうまく活かしてニーマンが成長しても、同じくその一件でタナーが奮起して成長をしても、後に明らかにニーマンの当て馬として使われたコノリーが奮起して成長をしても、誰でも構わなかったのではないでしょうか。
事実、長らく指導に食らいついてきたニーマンが失態を犯した際、フレッチャーはあっさり見限り、学校を去るニーマンを引き留めもしなければ、退学後のニーマンに接触もしません。ニーマンに第二のバードとなる可能性があると確信し特別視していたのなら、フレッチャーが諦めるわけはないのですが。

余談ですが、ニーマンが去った後、タナーも音楽の道を諦めて医学部に転部しました。暗譜が出来ないという何らかの障害があると語られていましたが、実際にこういう障害はあるようです。
よく分からないまま、例えばトム・クルーズなどもその一人だという読字障害(失読症)と似たようなものかなと勝手に想像していますが、それにしても色々な障害(障碍?)がありますが、それと才能との違いって何なのでしょうね?脳の働きは不思議だなと思います。


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●7.ニーマンの顔の傷跡の件

ニーマンの顔には、作中の事故とは関係なく、かつてかなりの大怪我をしたと思われるいくつかの傷跡が見えます。
これは映画の設定(特殊メイク)ではありません。
ニーマンを演じた役者マイルズ・テラーは、実際に2007年に命を落とす可能性さえあった交通事故に遭ったそうで、その時に負った傷が今でも残っているとの事です。

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ちなみに、劇中でドラムスティックを握る手から血が吹き出し、ドラムセットに飛び散る描写がありましたが、あれも(一部は)このマイルズ・テラー本人の血だそうで。
ドラム経験があったこの役者さんは、ジャズドラムの特訓をしてこの撮影に挑んだそうですが、叩き続けているうちに血が流れてきてしまったとの事。それで流血する描写が入ったのか、もともと脚本でそうなっていたのかは知りませんが、流血するのは握り方や奏法が悪いせいでこんな根性論は間違っているという論法でこの映画を批判する声があります。


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●8.自主退学したの?それとも退学させられたの?

コンサート本番で(怪我により)スティックすら満足に握れない姿をさらしたニーマンに、フレッチャーは首を言い渡し、激高したニーマンはフレッチャーに殴り掛かりました。
その一件から、ニーマンは学校を去ります。
これは自主退学でしょうか?それとも退学させられたのでしょうか?

正解: 退学させられた

ニーマンが部屋を掃除したり弁護士等と話したりするシーンの合間に、「あなたを除籍します」という旨が書かれた大学からの文書が映ります。
フレッチャーはニーマンが大学に残れるよう何か働きかけを行ったりしたでしょうか?しなかったようです。その数カ月後に街中で再会したのもあくまで偶然であり、フレッチャーのニーマンへの興味はこの一件で失われる程度のものだった事が伺えます。


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●9.ニーマンは密告をしたのか?

結論から言うと、密告中のシーンこそ無いものの、「密告した」ことに疑問の余地無しです。

ただし、ネット上の感想等には、「密告したはずがない」という意見が少なからず見受けられます。大方のその主張の根拠は、もしニーマンが密告をしていたならば、その後通りがかりのライブハウスでフレッチャーの名前を見かけた時に店内に入るはずがない、というものです。

では、前後の描写を思い返してみましょう。

大学退学後のある日、ニーマンは、交通事故で死んだと聞かされていた卒業生(ショーン)が実はフレッチャーの指導により鬱になり自殺したという事を知らされ、ショーンの遺族の弁護士から、フレッチャーを告発するための協力(密告)を要請されます。
告発に加担するかどうか、ニーマンは迷います。(父親はニーマンがなぜ迷うのか理解出来ません。)

ニーマンにとって、自分がフレッチャーを告発するということは、フレッチャーの指導が誤りであったと認める事、その指導に食らいついていった努力も意味が無かったと認める事、自分がドラムで偉大な者にはなれない事、負けを認めるという事です。簡単には認められません。
しかし最後には諦めて(負けを認めて)しまったから、その後ドラムセットやCDやポスターを始末し、音楽(ジャズ)を捨てるという展開に繋がります。

諦めた時、ニーマンが弁護士に言ったセリフは、「Just tell me what to say.」
日本語字幕では単純に「何を話せばいい?」となっていますが、意味を漏らさず訳すなら「話すから、具体的にどういうことを喋ればいいのか教えてくれ」というセリフ。つまり、話した(密告した)のです。

さて、そうして捨てたはずの音楽でしたが、ストリートミュージシャンがバケツを叩いてる音から繋がってBGMでドラム鳴り出す=主人公の頭の中で鳴ってる=忘れられない、となったところで、通りがかったライブハウスの看板にフレッチャーの名前を見つけます。当然気になって、店内に入ります。(ニーマンはここで罪の意識から店内に入ることすらしないほど繊細な人間ではありません。)
しかし演奏が終わったフレッチャーと目が合ってしまって、これはさすがに逃げ出そうとしますが、呼び止められてしまいます。

ここでバーで向かい合って交わされる会話は大変多くのことが語られる重要なシーンです。

「私に言わせれば、英語で最も危険な言葉は“Good job.”(上出来だ)だ。もしジョー・ジョーンズがこの言葉を言っていたら、それで満足しきったチャーリー・パーカーは“バード”になっていない。私にとってはそれは究極の悲劇なんだ。二人は後にその事件について“何も問題は無い”と語っている。だから私も自分の指導方法が誤っているとは思わないし謝罪する気も無い」

フレッチャーが教育論を真摯に語る言葉に、ニーマンの警戒は解けていきます。
(映画を観ているこちら(私)も一理ある気がしましたよ。)

ところがその後、フレッチャーは自分が教職を追われた件について、「密告したのは多分、自殺した生徒の同期だと思う」と語ります。
それを聞いて安堵した顔を見せるニーマン。
なぜなら自殺した生徒は上級生(卒業生)で、その同期が疑われているということは自分は疑われていないという事だからです。しかしそれが失敗でした。
ニーマンはフレッチャーが首になる前に学校を去っています。そしてニーマンに社交性は無く友達もいません。そんなニーマンが死んだ生徒について持っている情報は事故死(以前にフレッチャーがついた嘘)だけであるのが自然だったのです。にも関わらず、ニーマンはその部分を聞き流した。えっ?自殺だったんですか?というリアクションとは真逆の穏やかな表情を見せた。本当は自殺だった事を知ってた=告発した人間と接触した=密告したのはニーマン、となり、この劇中でフレッチャーが密告者の正体を確信した瞬間の描写(場面)があるとすれば、ここです。

そう考えると、その直後に、フレッチャーがふと思い出したようにニーマンをライブに勧誘する(復讐をしかけ始める)流れも自然に思えます。そしてライブ当日、ニーマンは開始直前にフレッチャーから「なめるな!お前が密告したのは知っている!」と言われて顔面蒼白になるのでした。

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●10.フレッチャーによる最後の仕打ちは、ただの復讐か?ニーマンへの教育の一環か?

ただの復讐でした。
しかし、結果的にこれが偶然、最後の決定的な一押し(試練、愛のムチ、ディシプリン)となり・・・何か(芸術?)が生まれる結末へ至るのですが、そこまでのシーンを振り返ってみましょう。


フレッチャーは、音楽祭で久々にビッグバンドを指揮するが、良いドラマーがいないから是非君が叩かないかとニーマンを誘いました。君の知っている曲だから当日来てくれれば良い、と。
しかしライブ当日の演奏開始直前、ドラムの席についたニーマンは、突然フレッチャーから密告者だと罵られた上に、バンドが自分の知らない曲を演奏し始めるという状況に陥ります。動揺も重なって無様な演奏しか出来ず、ニーマンは恥ずかしさと悔しさから心が折れて、どうにか1曲目が終わった時点でジャケットを投げ捨て舞台から立ち去りました。フレッチャーはしてやったりと満足げな笑みで後姿を見送る。
劇場の外へ通じるドアの前では父親がニーマンを出迎え、涙を流す彼を抱きしめて「帰ろう」と促します。しかし次の瞬間、ニーマンの目に力が戻り・・・!
ここからが映画のクライマックスです。
無言で身をひるがえし、毅然と舞台上の席に戻るニーマン。フレッチャーは困惑の表情を浮かべますが、まぁいいやとばかりに、続く2曲目(またもやニーマンの知らない曲)を始めようとします。しかしニーマンはそれを遮り、勝手に「キャラバン」を演奏し始め、他のバンドメンバー達も戸惑いつつ「キャラバン」の演奏を始めます。
これに対しフレッチャーは観客の目を気にしながらも、しばらくは同調せず、本気で怒りながらニーマンに「何のつもりだ!」と吐き捨てます。

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さて、先の「6」や「8」項で触れたように、フレッチャーはニーマンが自分が求めているような天才になれる器だとは考えていなかったようですから、ここでのフレッチャーのリアクションの数々(笑み・困惑・怒り)を見ても、これはニーマンの才能を目覚めさせるための試練として意図して行われた行為ではなく、ただの個人的な復讐だったとみるのが自然です。

ではなぜこんな復讐をしたのでしょうか?
ここまで大掛かりな復讐を行う必要はあったのでしょうか?

フレッチャーは教職を追われ、ライブハウスの客演などしながら生活しています。今回はそんな彼に舞い込んだ久々のビッグバンド指揮の機会。その舞台で最初の一曲を捨てるこの行為は、客観的に見てフレッチャーにとって大きなリスクとデメリットしかありません。その指導がトランペット奏者の生徒を自殺に追い込んだとして教職を追われたものの、実績への評価から再チャンス(ビッグバンド指揮の機会)を与えられた男が、そのステージ上で、今度は密室(教室)内ではなく衆目の中で一人のドラマーの心をへし折ろうというのです。正気の沙汰ではない。

ここから想像になりますが、フレッチャーにはそれほどの大きな復讐心を燃やす理由がありました。
フレッチャーは、とてつもない高みに到達出来る芸術家(演奏者)を生み出すことだけを目的に生きていました。教師(指導者)として極度にスパルタな指導を行う事がその目的を達する唯一の手段だと信じてもいました。それなのに、落第者(ニーマン)ごときが、道連れにその全てを奪った=“第2のバード”が誕生する可能性をこの世から奪ったのです。
その怒りの大きさは、想像するに余りあります。

(繰り返しになりますが)結果的には、この愛のかけらも無い純粋な「ムチ」が決定打となり、これまでの歪んではいたものの「愛のムチ」だった行為の数々では到達出来なかったステップへと、ニーマンを進ませることが出来ました。
これはフレッチャーの教育手法が正しかったという事になるのでしょうか?
そもそもニーマンが辿り着いたのは、芸術の高みなのでしょうか?

結末の考察は「12」項に回します。

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ところで、ビッグバンドの演奏はクラシックのオーケストラ演奏と同じように細部まできっちり譜面化し、何度もリハーサルをしておくのが普通です。
この映画であった「君も知ってる曲を演るから当日来て」は実際にはありえません。
映画の物語上の演出(嘘)ですが、深く考えなくてもいいタイプの映画ならともかく、ちょっと強引でしたかねぇ。





●11.父親から見たニーマン

夢を諦めて食うために教師をしている、という点でニーマンの父親とフレッチャーは似ています。
ニーマンへのアプローチ方法は真逆です。

父親は、いつでも味方というように優しく接してはきますが、親戚との食事シーンなどで分かるように実際には音楽の道を進むことを快く思ってはおらず、ニーマンの味方ではあるものの理解者ではありません。
一方、フレッチャーは敵ですが、やはり理解者ではありません。フレッチャーとニーマンは最後まで理解しあう事は無く、二人が共通して理解したのは、あの最後の演奏が素晴らしいものであったという事だけ。今後共演する事も無いでしょう。
父親は?
最後、ステージに戻って怒涛の演奏を始めたニーマンを、父親はステージのドアの隙間から畏怖の目で眺めます。その表情に、賞賛や喜びはありません。父親は、「ニーマンの事を理解していなかった」事を理解したのです。この後の彼は、公演が終わる前に一人で帰ってしまうか、もし終演までニーマンを待ったとしてもステージから降りてきた彼にかけられる言葉が見つからず立ち尽くすかしかなかったでしょう。今後もニーマンの味方であり続けようと努力はするのでしょうが・・・。

この映画の恐ろしいところは、クライマックスの最中に父親のそんな表情を挟んだりしているにも関わらず、「感動した!」という感想を多くの人に抱かせるところ。
あるいはそれが音楽の力(楽しさであり怖さ)。


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●12.ラスト、フレッチャーは笑みを浮かべながら何と言っていたのか?(あれはハッピーエンド?)

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ニーマンがフレッチャーへの逆襲として勝手にキャラバンを演奏開始→他メンバーにも演奏を促す→ぎこちなくも全員がキャラバンの演奏開始→フレッチャー激怒するが舞台上で始まってしまった演奏を止められるはずもなく・・・あれ?落ち着いて聞いてみれば割と良い演奏→フレッチャーのってくる→指揮始める→みんなのってくる→キャラバン演奏終了→しかし怒りや思いの丈をぶつけ終わらないニーマンがそのまま勝手にドラムソロに突入→動揺するフレッチャー→更にのってきたニーマンによる全力の圧巻ドラムソロ→自分が求めていた音楽に出会ったフレッチャー→ニーマンの補助(ずれたハイハットを直し、抑揚をつけるべきところは指揮)を始める→ニーマンも復讐など忘れ補助を受け入れて演奏にのめり込む→ドラムソロ終了→フレッチャーが笑みを浮かべながら何か一言しゃべる→それを聞いて微笑むニーマン→バンド全員で演奏の締め!→画面暗転、終劇


ニーマンがこの演奏で「勝利」したことは誰もが認めるところだと思います。
フレッチャーの復讐を完全に跳ね返しました。
但しそれは、唯一の味方であった父親に背を向け、捨てようとした音楽からは離れられず、観客は眼中になく、バンドメンバーも眼中になく、社会的評価も度外視し、偉大になりたいという野望もどこかへ置き去りにし、それら全てを犠牲にして、ある意味フレッチャーが望んだ通りの存在となった末に、自分にとって会心の演奏が出来、フレッチャーにもその演奏を認めさせたという「勝利」でした。
究極の自己満足。
これで最後にホールの観客からの拍手喝采が入っていれば、映画の観客である我々としてもこの勝利が喜ばしいものであると確信できる、の で す が

しかしこの映画では、ニーマンの逆襲開始後は、父親の(恐ろしいものを見ているかのような)顔が映る以外、他に観客は一人も映りません。
観客席はそこに一人もいないかのように真っ暗で、拍手等の観客の反応は一切出てこないまま終わります。
(ちなみに、脚本上では、ニコルが新しい彼氏と一緒に観客席に座ってるという事になっていたそうですが、映画にその描写はありません。)
低予算映画の制約をうまく使った演出だなと思いますが、これにより、この(無茶苦茶な)演奏はこのあとホールの観客から万雷の拍手を受けたのか?本当に素晴らしい演奏だったのか?を映画の観客自身に考えさせるようになっています。むしろそれを描かない潔さが心地良い。
観客はドン引きだったかも。スタンディングオベーションだったかも。どうでしょうか?この後、ニーマンは音楽家として成功していくのでしょうか?我々はあれを「勝利」と本当に呼んで良いのでしょうか?
もしあれが本当に素晴らしい演奏で才能が開花したという事だったのであれば、現実に人間的にはどうかと言われるような音楽家・芸術家は少なからずいるわけですし、ニーマンが今後成功していく事もあり得るのでしょうね。


では、フレッチャーはどうでしょうか?

それを考えるヒントとして、ラストのドラムソロの後、フレッチャーが笑みを浮かべながら何か一言しゃべるシーンを思い出してみましょう。画面はフレッチャーの顔(上半分)のアップで口元が映っておらず、声も入っていません。
しかし、その口の動き、それまでの映画の内容、その言葉を聞いたニーマンが屈託のない笑顔を浮かべたこと、それらから考えられるその言葉は、「Good job」 です。

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フレッチャーが自分の音楽指導において絶対に使うべきではないと考えていた言葉。
その言葉を口にしたということは、ニーマンのドラムソロに最高の音楽(芸術・天才)の誕生を見て、人生の目的を達したのだと解釈出来ます。フレッチャーもまた「勝利」したのです。実際、嬉しそうです。
しかし、その音楽はフレッチャーの(意図した)指導により生まれたものではなく、教師として又は一種のアーティストとしての能力及び指導法が否定された瞬間でもあり、単純に言っても復讐は失敗し、そういう意味では彼は「敗北」しました。

勝ち負けは関係なく2人とも満足そうなのが良い(恐ろしい)所なんですけどね。

ハッピーエンドなのかどうか・・・、私としては、人として明らかに間違っているかもしれないし、誰もが何かを失っただけだったかもしれない、ニーマンが天才として成功していくならそのニーマンを育成(発掘)したフレッチャーもまた教職に戻ってしまうのかと考えると全く嬉しくない・・・でもあの物語としては完璧な結末だったし、あれはあれでハッピーエンドだと思っています。


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『監督とキャストのインタビュー抜粋』

Q:監督はこの映画のクライマックスと同時に取り残されたような感覚になったと説明しましたが。

チャゼル監督:僕がイメージしていたエンディングと、実際スクリーンで映されたエンディングが違うもののように感じたんだ。多分思い描いていた時点では、まだ音楽そのものが影響してこなかったから。最後のシーンを見た人はその結末に対してちょっと嫌な気持ちになるかもしれない。でも同時に混乱させるような疑問も残すことができたらいいなと願っている。

シモンズ(フレッチャー役):チャゼルが言いたいのは、つまり、映画を観ただけでただ結論づけないようにしてほしいということ。アンドリュー・ニーマンの辿った結末について満足しているのか、それとも喪失感を覚えているのかということを考えてほしいということなんだ。

監督とキャストが明かした、まだ誰も知らない『セッション』の魅力 Ciatr[シアター]
http://ciatr.jp/topics/21674






●13.原題『Whiplash』の意味

劇中で練習曲として何度も出てくるジャズの曲名、であると同時に、「むちで打つ、痛めつける、頸椎捻挫(むち打ち)を引き起こす」という意味を持つ単語であり、鬼教師フレッチャーに痛めつけられる事も意味しています。

whiplash
【他動】
1.むちで打つ、痛めつける
2.頸部傷害(頸椎捻挫・むち打ち損傷)を引き起こす
3.悪影響を及ぼす、損害を与える
【名】
1.むちひも
2.むち打ち

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●14.邦題『セッション』について

原題Whiplashに対して、邦題は『セッション』。

ジャズの世界ではセッションというのは色んな人が集まってその場で曲決めてせーので演奏することであり、自由なアドリブのやり取りがあり、ある意味試合みたいなものだと言われています。
対して、この映画に出てきたのはビッグバンドであり、しっかり譜面を用意してリハーサルを重ねて細部までアレンジを統一して決められた演奏をするものです。セッションと呼ばれるような演奏は(この映画の劇中でも)しません。

強いて言えば、全体を通して、ニーマンとフレッチャーの狂人2人の“セッション“が描かれたストーリーでした。(特にラストのキャラバンの演奏)

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●15.感想・批評について

まぁ、感想は人それぞれで良いと思うのですけれども。
音楽(特にジャズ)にどれほど思い入れがあるか、実生活でフレッチャーのような人間と(深く)関わったことがあるか、というような経験等によって、この映画の感想はまったく異なってくるようです。

私は、スタッフロールが流れ始めた瞬間、監督がインタビューで語っている狙い通り(?)、すんなり感想を言えない何とも混乱した気持ちになりました。前評判でカタルシスを期待していったのだけれど、この違和感は何か?結局自分はいったい何を見たのか?と。
そうなると他の人の感想が気になってきます。

よそで一番多く目にした感想は、ラストのカタルシスが素晴らしいというものでした。まぁ・・・うん。
一方、この映画に批判的な声としては、音楽愛が無いとか、ジャズを誤解させる最低作だとか、音楽はもっと楽しいものなんだ、「色々ありましたが最後は一致団結して素晴らしい演奏が出来ました!観客も拍手万雷でめでたし、めでたし!」という物語なら良かったのに、とか。まぁ・・・うん、それはこの映画が良い悪いじゃなくてただの好き嫌いだから、他の好きな映画かコンサートでも観ればいい。音楽が楽しいものだなんて事は、目新しくも無い、ほぼ全人類が知ってる常識だし。
映画公開時には、映画『ロッキー』と同様の感動で思わずラストにガッツポーズしたと主張する映画評論家と、あれはジャズじゃないと罵る音楽評論家の論戦が話題にもなりました。うまく釣られた感がありつつ私も言及するなら、あれは議論が噛み合っていない上に、そもそもどちらの主張も的を射ていなくて言葉も汚く、美しくなかった。

ただ、その美しくないと感じた批評でさえも、自分の感想をまとめる参考にはなりました。
これを読まれている皆さんにも、この記事がその一助になれたら幸いです。


最後に、私がこの映画に対して、不満というほどではありませんが、残念だった点をあえて挙げるなら、まずドラムという楽器の魅力が伝わってこなかった点でしょうか。
フレッチャーの指導がひたすら早いテンポで長時間叩き続ける事だけだったのは楽しくなかったし説得力も薄く、そんな練習を重ねたニーマンの演奏がそれほど上達しているのか、最後の演奏がそんなに凄かったのかもいまいちピンと来ない事とか、・・・緊張感の維持や分かりやすさの重視といった都合もあったのでしょうけれども、もう少しどうにかならなかったのかな、と思います。
監督が狙っていた議論はこんな議論ではなかったでしょうに、勿体ないですね。


私はその勿体無さがこの映画を傑作にまで至らせていない点だと思っていますが、ただ、一見する価値が非常に高い佳作である、とは断言してよいと思います。



whiplash3.jpg





●参考
インタビュー等の記事へのリンクをいくつか貼っておきます。


映画『バードマン』のドラム奏者、アントニオ・サンチェスのインタビュー 日経MJ(4月24日)

「逆に質問があるんだ。君は『セッション』を見たかい?
あれはジャズの世界から見たら不愉快な作品なんだ。あそこで出てくるバンドメンバーで楽しそうに吹いていたヤツがいたかい?あんな指導法は今の音楽教育ではありえない。音楽とは、楽しみながら自分を解放して世界を包み込むものだ。だがセッションには一切それがない。古い指導法をゾンビのようによみがえらせた一種のホラー映画。スポ根ものとして若者が楽しむ分にはいい。だけど音楽映画じゃない」



「サイコパス」な鬼教師を演じた「セッション」J・K・シモンズのインタビュー映像を独占入手! 映画ニュース - 映画.com
http://eiga.com/news/20150414/3/



『セッション』J・K・シモンズが語る鬼音楽教師フレッチャー「息子の先生だったら引き離す」 シテマトゥデイ
http://www.cinematoday.jp/page/N0072297



映画『セッション』チャゼル監督インタビュー 「自分の体験から音楽をやることに恐怖を感じるようになったんだ」
http://getnews.jp/archives/910794


チャゼル「僕だって上から目線では言えないけれど、伝えるとしたら、やっぱり『諦めるな』ってことかな。『NO』と言われたって、めげずに頑張る。人生には『NO』と言われる瞬間が幾度もある。でもその度にいちいちがっかりしてはいられない。『セッション』からも、そういうポジティブな面が伝わってくれたらいいと思っている。
 ただ同時に、本作では大義名分(本作でいう音楽)があれば何でもしていいのか、人を手ひどく扱ってもいいのか、ということも描いている。その答えが何であるかというより、いろんなことを考えるきっかけになってくれればいいと思って作った映画なんだ。いずれにしても、諦めないってことは大切だと思うよ」




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190.  ここなつURL  | 2015/11/05(Thu) 14:07 | #/qX1gsKM[ 編集]
こんにちは。TBをありがとうございました。
かなり深い洞察をなされていますね。
個人的に色々と思う所のある作品だったので、映画単体としての評価は全く冷静にできていないのですけれど、ひとつだけ言えるのは、フレッチャーは本当の意味での指導者でも教育者でもない、ということです。
212.  名無しさん | URL  | 2017/03/05(Sun) 08:23 | #-[ 編集]
昨日BSで吹き替え版をみました。
一流のジャズ音楽家を目指すドラマーが暗譜が出来ないような(障害?)ドラマーを臨時とは言えレギュラを務めさせるようなオーケストラの授業を受けていますが、一流を目指す人のジャズ音楽の教育とはそういうものなのでしょうか?
そのあたりの事情をもしご存じならお教えいただければと思います。
213.  グドすぴ | URL  | 2017/03/07(Tue) 01:49 | #-[ 編集]
>>190.ここなつさん
こんにちは。(かなり時間が経過したコメント返しになってすみません)
この映画については冷静な評価が特に少ないように感じますね。
フレッチャーが指導者や教育者でない事には同感します。おそらくフレッチャーに感謝をする卒業生はいません。もしかしたらニーマンが世界的に評価され有名になり大成した後で「彼(フレッチャー)がいなかったら今の自分はなかった」と何かのインタビューに答える事はあるかもしれませんが、それがあってもフレッチャーの教育(?)が正当化される事は無いと、私個人的には思います。


>>212.さん
「そういうもの」とはどういうものでしょう?
ただ暗譜も出来ないバカで低レベルの演奏者でも一流のジャズ学校オーケストラの正演奏者になれるほどジャズ世界は低レベルなのか?という意味の質問であるなら、それは違います。

あのドラム奏者に関しては、(障害により)暗譜ができないというような旨のセリフが出てきて、それは劇場字幕版でも出てきましたし、おそらくBS吹き替え版でもそうなっていたのでしょうけれども、元の言葉(英語)で正確に何と言っていたのか(和訳は往々にして正確ではありませんので)、具体的にどのような障害なのかを確認しないとコメント難しいです。

一般的に言えば、そういう障害(失読症とか失譜症とか失音楽症とか呼び方も症状も色々あるようですが)を持った音楽家は実際にいらっしゃるようです。
そのようなハンデを背負っているからといって「ウチは一流を要請する学校ですから」と入学拒否をする学校は(今の時代)無いはずで・・・、そもそも夢しか持たない全くの未経験者が入学できる類の学校ではありませんので、それなりの演奏技術は持って入学したはず、授業についていくのも苦労は多いでしょうが、それでも彼が譜面を見ながらでさえあれば正演奏者として足る演奏をする以上はあのオーケストラが彼を使わない理由はありません。
現実には・・・どうですかね。ただ譜面の読み書きが出来ない(知らない)だけの音楽家ならたくさんいますが(これは主にロックやポップの話かもしれません)、そうではなく「暗譜ができない」というのはちょっと想像を絶します。それは、毎回全く初めて演奏するようにしか思えない曲を譜面通りに完璧に演奏していることになるのでしょうか。それはそれで凄い能力ですが、そんな方は滅多にはいないのでは、、と、まぁ架空の学校の架空の登場人物(しかも脇役)について出来る考察はこんなところかと。


214.   |   | 2017/03/15(Wed) 10:04 | #[ 編集]
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