2015年10月15日 (木) 23:13 | このエントリーを含むはてなブックマーク はてなブックマーク - 未来は今 | | | Edit |
昨年から今年の夏前までは仕事で東京へ出張する機会がちょいちょいあったのだけれど、ほとんどが時間に余裕の無い日帰りばかりで、「東京に行った」という感覚が無かった。
そして今年の夏休みもずっと福岡で過ごし遠出もせず、つまり地元である東京にも帰っていない。

まぁ、東京を「地元」と呼べるのも、今でも幼馴染とかが数人「地元」エリアに住んでいるからであって、その他のほぼ全ての知り合いはどこかに引っ越してしまっているし、街並みもそこで行われるお祭りなどの行事も自分がそこで子供として過ごしていた頃とはすっっっかり様変わりしているので、今そこに住んでいる人に向かってその場所を「地元」と呼ぶのは憚られる。
もはや、「幼稚園の頃、ここにパン屋があって、そこのスイートポテトパイが好物だったんだよ」なんて話をする相手も機会も意味も無いのかと思うと、少し寂しい。


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そんな風に親にスイートポテトパイを買ってもらって喜んでいた頃から30年以上が経ち、並ぶ店も住む人もすっかり入れ替わり、街は雰囲気すら変わってしまった。東京に限ったことではない。
固定電話の時代から、ポケベル、PHS、携帯電話(ガラケー)と来て今やスマホが普及しており、それは人と人の繋がり方も変え、その他色々と世の中はずいぶんと変わった。

さて、今年は2015年で、ご存知の方も多いと思うが、それは映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2』で描かれた未来の年。主人公マーティが車型タイムマシン(デロリアン)で飛んで来たのが2015年10月21日だ。つまり来週。
この映画は1989年公開だから、それからもう26年が経ったという事でもある。うわマジで?

「世の中はずいぶんと変わった」なんて書いたけれど、では現実の2015年は26年前の映画で描かれた姿と比べてどうだろう?

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まぁ、当時の人がエンターテイメントの舞台として夢やユーモアを込めて描いた「2015年」と比較考察するのも面白いだろうけれど、それは他の人にお任せするとして。ただ、世の中はあれほど突飛な進歩はしていないような気がする。
自分自身はどうだろう?変わった?まぁ、体は確実におっさんになったし、中身も当時よりはマシな人間に成長しているとは思うのだけれど、大きく変わったとはあまり感じない。
そういえば、昔からの友人と10年ぶりとかに会っても、相手を見てまず思う事は大体「変わってないな」だな。ただちょっと時が流れただけでどうってことない、そんな感覚。
夢が叶うくらいの大きな変化が無い限り、あまり変化を実感できないのだろうか?
いやいや、それなりに夢を叶えている人もいるし、夢は関係ないか。なんだか分からなくなってきたぞ。むしろ、何がそんなに変わったんだっけ?

・・・・・・世代?


このところ、そんな風に夢や進歩について考えを巡らせていたのだが、きっかけは、夏休み中のとある仕事だった。
「将来の夢はなんですか?自分の未来をかいてみよう!!」と題して、複数の小学校の計約3000名の小学生からそれぞれの将来の夢を匿名で書いてもらって集めた仕事だ。
尚、その使い道と、夏休み中の仕事という表現にある矛盾についてはここでは触れない。

集めた夢をざっと並べて見てみると、野球選手(意外と多かった)、サッカー選手(野球より少し多かったかもしれない)、バレー選手(これも意外に多い。バレーに力を入れている小学校があったのかな?)、といったスポーツ選手系から、デザイナー、医者、看護師、建築家、などが良く見かけたもの。
一級建築士など小学生が夢見るような資格だったかと不思議に思うようなものとか、お金持ちというある意味ダイレクトなものとか色々あって、その多様さや発想に心温まったり、一方でAKBとか書いてあるものが見当たらない事に心温まったり(笑)、基本的には見ていて楽しかった。多少時代が変わっても子供の夢はあまり変わらないよなぁ、とも感じた。
ただ、見てショックだったものもあった。
それは、学校を問わずかなりの頻度で(野球選手やサッカー選手に勝るとも劣らずに)散見された一つの夢。きまって赤い四角形の中に右向きに尖った三角形で構成されたマークが添えて書かれたその夢は---「YouTuberになりたい」

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いやぁ、そうじゃねえんだよ!?いや分かるよ、今時だっていうのは分かるし、小学生が大好きだっていうのも知ってるし分かる、でも違う、夢ってそうじゃなくて・・・っていうか、すげぇ嫌だ。
個人的な偏見であるのは否定しないが、これだけ大勢の子供たちが将来なりたいものにYouTuberを挙げる事がなんとも気持ち悪かった。
これで良いのか?俺がおっさんだというだけの事か?これで世の中は進歩したのか?この先はどうなるんだ?俺はどうなれば満足なんだ?夢とは---進歩とは---そんなモヤモヤした思いが頭の片隅に引っかかって消えない。


まず、自分は昔何になりたかったのかを思い返した。
実は私は具体的な夢を持ったことが無い。
私はどうも想像力が貧困で、子供のころに「未来の世界」というようなテーマで絵を描かされてもどこかで見たようなものしか描けなかったし、自分自身が将来どういう職業に就きたいとかもついぞ明確にイメージする事は出来なかった。
通園路のパン屋のスイートポテトパイが好物だった幼稚園時代には、「サッカー選手になりたい」とか「(当時の戦隊ものの)ヒーローになりたい」とか言った事があるように記憶している。
親から将来何になりたいのかと問われ「サッカー選手になりたい」と答えたのだが、「なれるわけないでしょ、バカね」と冷たい目と口調で返されて、びっくりすると同時に幼心に傷付き、今も印象深い記憶である。なれない事くらい自覚していたはずだが、その後、幼稚園で皆の前で将来なりたいものを発表する場で「ヒーロー」を挙げたのは、半ば自棄になってのことだったように思う。
子供は意外と傷付くし、それを意外と後まで覚えている事もあると経験から知っているので、他人の、特に子供の夢に対して否定的な言葉を返す事は極力避けるべきだと考えている。(ただしYouTuber、テメーは駄目だ。)

少し話が逸れたが、ともかく、子供の時分からそんな塩梅で、平均寿命の折り返し地点が視野に入ってきた歳の今、何をしているかというと只のサラリーマンだ。ビジネスマンとしてのキャリアプランなんてものは思い描いていない。
別に就職氷河期の所為でこうなったというわけでもなく、具体的な夢が無いなりに自分で選択を積み上げた結果として今の状況があり、そこに大した不満は無い。
もしも具体的な夢を持っていたら、出会っていたら、結果(今)は違ったのだろうか?
そんなもしもは分からないし、あまり考える意味は無いと思う。
では、具体的な夢は持つべきだろうか?
多分、持っているに越したことは無いのだろうと思う。ただ、夢を持たなければダメだとか、それを達成できなかったからダメだという事はない。大成した人のインタビューを読んでみると、夢に拘りぬいて成功した人もいるし、状況に流されながら自分に出来る事をやっていたらたまたまある仕事をする事となりそれが天職となり「自分は運が良かった」と語る人もいる。どちらでも良いのではないだろうか。

では何が大事なのだろうか?

・・・そんな大それた質問に、今の私が答えられるわけは無い。余りにおこがましい。
けれども、先述の後者、「自分は運が良かった」と語る人の良かったものが運だけではない事は分かる。


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ここで逆に「嫌だ」と感じたものに目を向けてみる。
先ほどからYouTuberに否定的な事を書いているようだが、確かに彼らの事は好きではないものの、YouTuber自体を否定する気は無い。

ちなみに彼らの何が気に入らないって、顔だ。

まぁ、それは冗談だが、YouTuberに消えて欲しいとか思ってはおらず、子供達がその番組をはたから見て楽しんでいる分には問題無いけど、「YouTuberになりたい」と書いた子供が一人や二人ならそれでも問題無いけど、大勢の子供がそう夢見るなら話は別だ。
夢見るといったが、その夢に何の「夢」も感じない。いい大人までもがLINEの既読スルーを気に病むような今の世の様子を私は快く思っておらず、それがこの後もしばらく改善しそうもない気配のような、そんな嫌な予感しかしない。
子供は狭い世界で生きているものだけれども、狭い仲間内での人気取りに腐心して欲しくないし、ましてやそのまま大人になって欲しくも無い。狭い仲間内での人気取りが、やがて行き過ぎて悪事や過ちに繋がるのは昔からありふれ過ぎた話でもある。

・・・まぁ、気にしすぎかもしれない。

ただ、そんな「自分」が無いやつはつまらん。
子供には、色々と学んで広い世界を知り、広い視野を身に着けていって欲しい。
自分を持つとは、何をすべきなのか、何をしたいのか、何をするのかを、全部自分で考えて自分で決める、そうしてその為の自分の自分による自分の為の規範を一生かけて作り上げていく事だと思っている。

この文章に出てきたヒーローという言葉で例えて言えば、ヒーローになりたいから誰かを助けるというのはちっともヒーローじゃないし、助けた事でヒーローと称えて貰えなかったとしてもその人はヒーローだ。ヒーローになりたがってるやつは(肝心な場面で)ヒーローにはなれない。
人気者になりたい、というのも同じような事ではないだろうか。
映画も音楽も、作家性と興行性が両立してこそ面白く、どちらが欠けてもイマイチだ。売ろうという意識が先行しているものは、一瞬売れたとしても、全く記憶に残らない。かくいう私は「中身が無い」と評されるような娯楽アクション映画が大好きなのだけれど・・・、あれらも(面白いものは)本当に中身が全く無いわけではない・・・んじゃないかな・・・たぶん。

適切な例ではないかもしれないが、ジバニャン(妖怪ウォッチ)とアンパンマンを思い出した。
方やマーケティングでいかに売れるかの計算の下で生み出された商品の一つのパーツとして作られたキャラクターであり、方や本当の正義を伝えたくて生み出されて「こんなものは売れない」と言われながら世に出たキャラクターだ。
個人的な好みだが、妖怪ウォッチは金儲けの匂いが鼻につくので好きじゃない。今年は早くも人気に陰り、という雑誌記事を見かけた時は「ざまぁ」と思った。
まぁ、じゃあアンパンマンは好きなのかというと、あれはあれで説教くさいというか良い子過ぎて子供のころからそれほど好きではないのだが。

さて、説教くさいといえば、この記事もとりとめなく長くなったし説教くさい。もう締めよう。


夢には、叶う夢、叶わない夢、大きな夢、小さな夢、色々ある。
具体的な夢は持っていないと言ったが、私にも夢が無いわけではない。
ただそれは自分でもよく分かっていない漠然としたものであり、言葉で語弊が無いように正確に表すことが出来ない。そして叶わない夢だと思っているものでもある。
その上で強いて一言で言うなら、私は紳士でありたい。

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時の流れはけっこう早い。長いけど、早い。
iTunesが出来てから、電車男がベストセラーになってから、クールビズという言葉が広まってから、ドラえもんの声優が一斉交代してから、これら全てからちょうど10年が過ぎた。
YouTubeは?これまた設立されてからちょうど10年だ。(2005年設立&サービス開始)
今の子供たちも「100年後の未来の世界を想像して絵にかいてみよう!」なんてやっているのだろうか?
この先どうなるかなんて、私にはさっぱり分からない。
分からないが、先を見通せなくて不安なのではなく、むしろ楽しい。
単純にあまり考えていないだけだが、時々紳士に憧れながら今という時を積み重ねていきたい。

そして、我が子にも、心根についての理想や憧れは持ってほしい。そう思っている。






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