2018年06月15日 (金) 08:32 | このエントリーを含むはてなブックマーク はてなブックマーク - 省略したの。 | | | Edit |
「まだ大きくなるんだけど・・・。」

「けど、何?」

「省略したの。」


朝、食卓に着くと、先に食べ始めていた3歳の娘が皮をむいたミカンを手に持ちながら、皮を剥いた時に中の身にまで穴を開けてしまったこと、そしてその身から食べ始めたことを話してくれた。 最近は起きている間ほぼずっとしゃべりっぱなしの娘である。
続いて、ミカンを食べながら発した一言が「まだ大きくなるんだけど」。
何が大きくなったのか?何の話なのか? ちょっと待ってみたが、ミカンをもぐもぐ食べ続ける娘から続きの言葉が出てくる気配が無い。
「けど、何?」と聞いてみた。
すると真面目な顔で「省略したの。」と言われた。

ん? え、省略?

そう、省略。

3歳になったばかりの小さい娘から唐突にそんな難しい言葉が出てきた(しかも使い方合ってる!)事が信じられないやら可笑しいやら。どこでそんな言葉を覚えてきたのやら。笑って朝から爽やかな気持ちにさせてもらった。 よくよく考えると、一ヶ月くらい前にまだ年長向けの絵本をせがまれて読んだ時、案の定途中で興味を失った様子だったので「~~でした。そこで、、省略、、くらしました。おしまい。」と言ったかもしれない。でもその一度だけだ、多分。 子供の学習能力って凄いし面白い。

あー、何だったんだろう。
ご飯を食べて私はもっと大きくなる(成長する)って言いたかったのかな。(笑)



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2018年05月21日 (月) 23:53 | このエントリーを含むはてなブックマーク はてなブックマーク - 塗り絵の上達 | | | Edit |
娘(3歳)の塗り絵は、だいぶ以前からつい2週間前までずっと、(主に)そのキャラクターのイメージカラー一色で枠も線も関係無しにぐちゃぐちゃ塗り潰すという乱暴な感じだったのだが、

塗り絵(2週間前) ↓ 2 WEEKS AGO

  DSC_1729.jpg


塗り絵(本日) ↓ TODAY

  DSC_1730r.jpg

なんか急に進化してた。

ある日髪飾りなどのワンポイントだけ別な色を塗るようになったなと思ったら、あっという間に多色使うようになり枠もあまりはみ出さなくなった。 基本的に好きなようにやらせていただけで特に親から助言等はしていないし、何がきっかけになったかは分からないのだけれど、屈託のない笑顔を浮かべたこの一見何も深い事は考えてなさそうな頭の中では、その実、物凄い量の情報が吸収され、色々な発想が生まれ、吟味され、まだ見ぬ分野に至るまで今この瞬間も急成長を遂げている最中なのだろう。 子どもの成長力というか生命力にはつくづく感動させられる。
もちろん、親としてはただ「いつの間にそんな事が出来るようになったの?」と驚いて喜んでいるだけというわけにはいかず、いかにそれを長く、継続的に、効率的に、且つ自発的に続けさせられるかといったような事に注意しながら教育していかなくてはならない責任の重さも感じるのであるが。。

ちなみに、娘の誕生日プレゼントのひとつとして嫁が買ってきたこのプリキュア塗り絵、なんと53人のプリキュアが登場するそうである。 53人・・・そんなにいるのか! (あとまだ8割くらいは白紙のまま残っている。)

すごいねーなどと言って褒めていたら、娘からリクエスト(命令ともいう)を受けて私が塗り絵のベース絵を描く羽目になった。「書いて。」え、マジで?「マジ?」ごめん書くからマジなんて言葉は忘れて。使わないで。

1作目(キュアカスタード) ↓

DSC_1731.jpg

私が描いた後に娘が色を塗り、また、裏の別の絵が色移りしてしまって分かりづらいが、それでも隠せない下手さ。


3作目(キュアショコラ) ↓

DSC_1732.jpg

これは割と上手く描けた。 目を先に書いてからバランスに注意して他の部分を書いていく、とやると良いようだ。
でも娘にあまり色を塗ってもらえず、残念・・・。
ただ、老化が実感される今日この頃において、まだ私も成長出来る事があると分かったのは良かった。(笑)




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2018年05月16日 (水) 01:20 | このエントリーを含むはてなブックマーク はてなブックマーク - 揺れない立ち方 | | | Edit |
電車に立って乗っている時に、手に、何か凄く重い荷物が入った手提げ袋(カバン)を持っている、とイメージすると少々の揺れにはびくともしなくなる。

昔、何か重い荷物を持っていたときに揺れによろめかずにいられて、その後実際に持たずともイメージするだけで効果があることを発見した。
別にひざの曲げ方がどうとか、足裏にかかる体重や爪先の向きがどうとか細かいことは意識しなくて良い、というかしないで普通に立っているつもりだけでいる方が良く、手は体の横にぶらりと垂れ下げている必要も無い。実際の手は、スマホを顔の前に掲げていようが上着のポケットに突っ込んでいようが構わない。片方の手だけに荷物を持っているイメージよりは、両手に1個ずつ持っている方が安定感がありそうな気がするが、そこはあまり効果の差を実感できなかった。
細かいことは良く分からないものの、要するに、こうイメージする事で自分の重心を低く安定させる効果が表れるのだろうと思う。

あくまでイメージなので効果には個人差があるはずだが、電車で手すりや吊革に捕まる事が出来ない場合、試してみてはいかがだろうか。


ちなみに、「揺れない立ち方」と聞くと、私の場合は空手道の三戦(サンチン)立ちが真っ先に思い浮かぶ。
空手の基本中の基本。やや内股気味に、膝は軽く曲げて力を入れ、脇は締めて立つ。

8c6756865f.jpg

某漫画によると、この三戦立ちは揺れる小船の上で戦えるよう編み出された構えだという事で、その漫画中ではなんと走るジェットコースターの上で格闘する際に用いられて空手家が優位に立つというムチャな展開があったが、とりあえずインターネット上には電車で揺れない立ち方として三戦立ちをお勧めする記事もある。
私個人的には、三戦立ちは電車にはお勧めしない。実際にやってみても上手くいかなかったし、それは鍛錬(構え)が成っていない所為もあるだろうけれど、革靴では十分な効果が見込めない、力みが必要なので長時間向きではないという問題もあったし、そもそも何よりも、内股で力んでいる姿は傍から見ればうんこを我慢している様でしかないのでやめて欲しい。


そんな下らない話より、「揺れない」「立つ」というと、何か、人間形成の理想的な過程を表すありがたいお言葉があったような・・・、ほら、あれ何だっけ?

孔子じゃん。

論語じゃん。

子曰く 『15歳で「立志」、30歳で「而立(自立)」 、40歳で「不惑(不或)」、50歳で「知命」、60歳で「耳順」、70歳で「従心」』。
これを砕いて言うと、孔子はその人生において、「15歳の時に学問に志を立て、30になって自信を持って自分の考えで動けるようになり、40になって惑うことがなくなり、50になって天が自分に与えた使命を自覚し、60になって人の意見を素直に受け入れられるようになり、70になって心の思うままに行動しても道理から外れることがなくなった」ということだとか。
おや?論語を読んだことも無くってよく知らなかったけれど、この言葉って、基本的には孔子が「自分の人生(人間形成)はこうだった」と語ったというものであって、別に「人間は各年代にこういう姿を目指すべき」と語ったものではないのね。ただ、孔子に憧れる人にとってはそういう意味になってくるという事か。
ちなみに、一説によると40歳の「不惑」は「不或」が正しく、その場合は「四十にて区切らず=自分の視野を広く持って新しいことからも多くを学べ、新しいことにも挑戦しろ」という意味になるそうな。

まぁ、自分自身は、どうですかね?

40で惑わなくなるようになんてなれる気がしないどころか、当ブログの更新が滞っている間に、新年度を迎え社長達が新入社員に送った言葉なんかを読みながら、私から新入社員達に送れるアドバイスなんて「電車で揺られない立ち方」くらいしか無いかも、なんて思ってしまう体たらくのサラリーマンなので、そうすると30で自立出来ていたかも怪しいところ。

それはそうと孔子っていつの時代の人なの?
調べてみると、
紀元前552年から紀元前479年に生き、72歳で亡くなった中国(春秋時代)の思想家、哲学者。
2千5百年前の人か。そんなに昔の人だとは思わなかったな。

ちょっと待って! その時代に72歳まで生きるって、めちゃくちゃ長寿じゃないの?
と思って調べてみると、
同時期、つまり縄文時代の日本人の平均寿命は15歳弱。
でもこれは、昔の人がみんな短命だったという意味ではなく、か弱い幼児期の死亡率がすごく高かったということ。致命的な怪我や病気さえしなければ(それが難しいのだけれど)当時でも70歳、80歳まで生きることは出来たらしい。
ちなみに、釈迦も同時代(紀元前5世紀前後)の人だった。北インドの人物で、仏教の開祖である。
この釈迦もまた80歳まで生きた。
そして、悟りに達したのは35歳のときだったという。
なんだか孔子とよく似ている。

日本はまだ縄文土器か弥生土器かとやっていた時代だったけれど、その頃に現代にも教えとして生きる思想・哲学が世界各地で生み出され書籍等として残されてきた、というのは凄いことだなとこの歳にして思う。

暗記教科が嫌いで世界史もほとんど勉強した覚えが無いけれど、こんな風にして調べてみると面白い。「40にして不或(新しく学ぶ)」っていうのはこういう事かな?違うか(笑)

なお、映画『300 〈スリーハンドレッド〉』で有名なテルモピュライの戦い(ペルシア軍がレオニダス王率いるスパルタ軍を全滅させる)もこの同時期、紀元前480年の出来事である。
あの映画のイメージしか無いが、あのレオニダス王もまた、志が立ち、自立し、惑わず、天命を自覚し、心の思うままに行動して道理から外れなかった人ではある。孔子や釈迦と並べて語るのは憚られるが、レオニダス王の思想(?)「ウィー、アー、スパルター!」は個人的には大好きだ。

まぁ、そんなこんなから2千5百年経って、人間はその年月に見合った分賢くなったかというと、どうだろう?
文明がものすごく発展したのは確かだ。
孔子ひとりが2千5百年生きたところで、飛行機だの車だのインターネットだのパソコンだの品種改良されたイチゴだのといったものが現在のように存在する世の中にはなってはいまい。・・・ん?いや、その比較はおかしい・・・。
えーと、仕切りなおして、更に思いついたままに雑な計算をすると、

●今現在の世界人口は76億人だという。
●その平均年齢は分からないけれど、2016年の世界保健機関(WHO)調べの世界平均寿命は71歳だから、その半分が平均年齢って事にしよう。

すると、 76億人 × 71歳  ÷ 2 = 約2千7百億年(歳)

これが今生きてる人間の現在の年齢の合計値って事になるが、つまり、今の地球には一人の人間が2千7百億年生きて積み重ねるのに等しい英知が(アウトプットされているかどうかは別として)存在しているはず、と言って良い。
いやいや、2千7百億年ってどんなだ?壮大過ぎて分からない。 ビッグバンが138億年前というから、大体19回、ビッグバンから現在までをやり直すことが出来る年月である。 なるほど全然わからない。
そんな年月分の価値があるほどの文明が今の地球上にある、と言えるのかどうかー・・・なんて事を考えてみたくてこんな計算を始めた気がするのだが。
そんな年月分の価値があるようにはどうも感じられないのは(個人の感想です)、人々の意思疎通が完璧ではないから、そこでの情報ロス率が高いということが理由のひとつとして言えるだろうか?
人類が全員孔子だったら(釈迦とかホーキング博士とかでも可)、そしてその意思疎通が完璧だったとすれば、言い換えれば、孔子ひとりが2千7百億歳まで生きたらどんな次元まで到達できるのだろうか?
完璧な意思疎通・・・あれ?もしかしてA.I.(機械)になら、それが出来るのだろうか?理論上、そんな次元まで到達出来る可能性があるということだろうか・・・って、あぁ、もう自分が何を言っているのかも全然分からなくなってきたぞ。
こんな時は初心に返ろう。

つまり私に言えることは、電車に乗ったら吊革につかまれよ、って事だ。




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2018年02月18日 (日) 13:32 | このエントリーを含むはてなブックマーク はてなブックマーク - マインスイーパー (91) | | | Edit |
やったあ、久しぶりにマインスイーパーの自己記録更新。 無心というか「出かけなきゃなーでも面倒くさいから予定変えようかなー」と現実逃避気味にだらだら機械的にやってたら、2秒縮んだ。


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マインスイーパ - Wikipedia
ja.wikipedia.org/wiki/マインスイーパ
Windowsのバージョンの上級において、Windows2000での85秒未満(Windows3.1での80秒未満)は素晴らしいタイムだと考えられている。中級の公式記録は9秒(非公式には8秒も記録されている)であり、8×8の初級では1秒である。上級の公式記録は33秒である。


・・・初級1秒はともかく上級33秒とか意味わかんねぇ。物理的に可能なのかそれ。(゜o゜;)

テーマ:ゲームプレイ日記
ジャンル:ゲーム
2018年02月16日 (金) 19:54 | このエントリーを含むはてなブックマーク はてなブックマーク - Zoffに来た | | | Edit |
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メガネのレンズ交換の作業待ち中です。
約30分で出来るっていうんだから早いよね。


今日は、休日出勤や深夜残業が続く要因だった忙しい仕事が終わったので、午後はもう未決箱を空にして、机を片付けてウェットティッシューでピカピカにして自己満足に浸りながら定時ダッシュする気満々で過ごしていました。 ところがうっかり残業して19時退社。
まぁ、特に夜の予定があったわけではなく(妻子は帰省中)、TSUTAYAで映画でも借りて、そうしたら食事はいい加減飽きたけどやっぱり今夜もコンビニ弁当で良いか、なんて程度のことを考えていただけなので構わないのですけれども。ただ、いざ会社を出た瞬間にそれではちょっと寂しいと思い直しまして、繁華街は天神パルコにやって来たわけであります。

一緒に忙しく働いていた、向かい合わせの席の課長は定時でスパッと帰っていきました。今日はここから韓国行きの飛行機に乗り、週末をピョンチャン(平昌)で冬季オリンピックを観戦して過ごすそうです。
福岡からは近いのだから行かなきゃ損だって言ってました。独身並みのフットワークの軽さはさすが元同じ国際支店配属社員。直前でしたが飛行機は意外と空きがあるらしいです。(平時は福岡-韓国便はけっこう早くから満席になる印象なのに。)
そして肝心のオリンピック観戦チケットは、カーリングとかは安くて約3,000円だけど売り切れで、4万円のチケットを買ったそうな。何のチケットだろう?一日券みたいなもんかな?あれ?そういえば明日は羽生結弦のフィギュアスケート男子フリープログラムが見れるんじゃない?(もしかしたら金メダル獲得の瞬間も。) いいなぁ、それ。

関係ないけど私、羽生結弦君に似てるって言われたことあります。
他には、小栗旬とか、えなりかずきとか。
義母からは大森南朋に似てるって言われてます。

hanyuu-oguri-enari-oomori.jpg

このうちの誰に似てるとも自分では思いませんが、さっき映画感想ブログを読んでいたら、ちょうど大森南朋さんの写真が出てきました。『ビジランテ』という映画で粗暴な役をやっているようです。それより、そのポスター一番下に一緒に載っていた桐谷健太さんが、髪型が今の私にそっくりでした。

映画ビジランテ_320

今、だいぶ久しぶりに長めの髪型をしています。
いつもは「短く」としか注文しない私が美容師さんにお任せしたらこうなりました。新鮮な気分で、これはこれで。でも、前髪がたまに顔の前、特に目にはらりとかかってくるのがくすぐったくて鬱陶しい事この上無いです。こういう顔にかかる髪型の男って少なからずいるけど、よく我慢できるな。女性もそうね。慣れなのかな?
私個人的には、顔の周りに何かあるのが嫌いなので向いてないかも。マスクとか大っ嫌い。
あ、でもメガネはあまり気にならないな。慣れたのかな。
そんなメガネも、やっぱり無い方が好きなので、気分良く過ごしたい時にはコンタクト着用です。どうでも良い時だけメガネ。つまり、身も蓋も無いことを言えば、仕事して帰るだけの大半の平日はメガネ姿です。まぁ、仕事中に関してはメガネをかけていた方が真面目っぽく見えるかなあ、という効果も期待しています。
自分の中では自分の基本姿(素の姿)はメガネ無しなのですが、メガネ姿の方が自然に見える(馴染みがある)方も意外と多いかもしれません。


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メガネ出来た。
見え方とか大丈夫ですか?って聞かれても、コンタクトの上からメガネかけても分からんけど、多分大丈夫。
Zoff SMARTという、軽い・柔軟・壊れにくいというのが売りのタイプを使ってます。長女が生まれた頃に買って良かった物の1つ。抱っこ中や寝かしつけ中に何度かメガネを奪い取られ、そのまま、コマーシャルで「こんなにねじまげても大丈夫!」とやっているような自分のメガネに自分で実際に試してみようとは思わないねじまげを何度もされたけれど、宣伝どおり無事でした。
ただレンズだけは数年使っているうちに細かい傷が目立つようになっていたので今回交換。レンズ交換だけなら3,000円。鼻パッドとかも交換してくれて綺麗になりました。良かった。


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さて、わざわざ繁華街(天神)まで来ておいて難ですが、今日はこれで帰ってTSUTAYA・コンビニのコースにします。





(2018.2.19追記)

韓国に行った課長はやはり羽生結弦(フィギュアスケート男子フリープログラム)を見てきたそうです。
あの演技と金メダル取った瞬間を観れたのかあ、いいなあ。ネイサン・チェンの4回転ジャンプ5回成功とか宇野昌磨君とかも観れたってことよね。
あんな直前(2,3日前)でよくチケットとか取れたなと思いきや、会場にはまだまだ空席が残っていたとのこと。隣も空席で悠々と観戦できたそうな。意外。そんなもんだろうか?